クリニックポリシー


つまようじ法はヘルスプロモーションになりうるか

開業してからずっと「つまようじ法による術者みがき」を続けている。

そういえば、この行為は空気のごとく自然におがた歯科になじんでいて、患者様に取り立てて説明することもなかった。しかし、患者様はわれわれのこの行為をどう受け止めてくれているのだろうか?

もちろん、つまようじ法で歯みがきをすると、治療効果が上がり、歯周環境は好転することは間違いない。ただ、ワタシの考えとしては、治療行為としてだけで術者みがきを捕らえて欲しくない。

われわれは、プロの歯みがきを提供して、体感してもらうことによって、患者様自身のヘルスプロモーションへの意識の向上を期待しているのである。決して、患者様が磨けてないから磨くのでも、自分で磨かなくていいからまかせろと言うのではない。

言葉で説明することも大切だが、百聞は一見に如かず、体感してもらうことは、多くの説明より人を動かすものである。

ただし、患者さまが、「ここは磨いてくれるから自分でやらなくていいや」と思ってたり、「磨いてくれると気持ちいい」だけで終わってしまって、自分から行動を起こさなければ何の意味も無い行為になってしまう。患者様自身に健康への欲求、健康を作りたいという意識が芽生えないと、我々だけで健康をお守りすることは不可能なのである。

このことを患者さまにはっきり説明する必要があることを痛感している。あまり本意ではないのだが、術者みがきの目的を説明するパンフを製作しなければならない。

以下、友人の「あまちゃん」のサイトから・・・、そう、僕たちの歯磨きは気持ちがいいのだ。使う歯ブラシはシステマの44Hというタイプ。磨き方はバス法とつまようじ法の併用。それ以上は言葉で説明できなくて、あとは体験してもらうよりないのだけど、とにかく体験した人の多くは「へぇー、歯磨きってこんなに気持ちいいんだ!」と驚いてくれる。意外なことかもしれないけど、ほんとうに歯ぐきのためによい健康に役立つ歯磨きというのは、じつは気持ちいいものなのだ。

歯医者の病院でやると、受ける側は患者さんだから、治療に対する恐怖心とか、「このつぎ来たときにちゃんと磨けてないと怒られるかもしれないな」とか、こころの壁になるものがいくらかあって響きにくかったりするのだけど、まつりなんかでやるとみんなリラックスした状態で歯磨きを体験してもらえるので、その気持ちよさがすっと抵抗なく伝わっていって、磨いているこちら側も楽しくなってくるのだ

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子供は大丈夫か?

今日は倉敷歯科医師会主催の「歯の健康フェア」に出務してきた。

そこで何をしたかというと、子どもの無料歯科検診である。大体1歳から6歳(多分)くらいのお子様が対象だったように思う。

そこで見たものは・・・乳歯叢生の嵐!!

虫歯が減少しているので、意識の高い人以外は、小さい、虫歯の無い子どもを歯科医院に連れて来ない傾向にあるのか、ここまで乳歯の叢生がはびこっているとは思わなかった。正直言って無茶苦茶である。

少子化、高齢化等年金問題も大事だが、日本人の生活そのものを見直さないといけない時期に来ているのではないだろうか。あれほどの乳歯の叢生が意味するものは・・・、考えただけで恐ろしくなる。

よくよく見ると、お父さん、お母さんはまだまだ若い人が多く、もろにコンビニ世代である。どんな住環境で、どんな食生活をしているのだろうか。いずれ、この子どもたちに、背骨の問題、骨盤の問題、呼吸の問題、体温の問題、脳血流の問題、あれこれ出てくるのかと思うと、くどいようだが恐ろしい。

日本の小児科医はどう考えているのだろうか?日本の小児科医は子どもを救うことを考えているのだろうか?子どもの目をキラキラさせたいと思っているのだろうか?意見を聞いてみたい。

歯科の立場から、我々はもっともっと警鐘を鳴らさなければいけない。

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基本は握手

ちょっと前に書いたように、最近ようやく患者様と握手出来る様になった。

予防とか、定期サポート(リコール、定期健診とも言う)の患者様はいいのだが、やはり歯の治療は嫌なものである。でも、その嫌な治療が終わってからも、患者様はありがたいことに、力いっぱい私の手を握りしめてくれる。この瞬間がとても励みになる。

女性の方など、まだまだ「えっ」という顔をされることもあるが、しっかり握手した後は、笑顔を見せてくれるし、こちらも笑顔になる。子どもとは、最近は「ハイタッチ」をするのにはまっている。お母さんともハイタッチをすることもあって、それは楽しいもんだ。本当に歯医者?

初対面の患者様と打ち解けるためにも大変よい。黒っぽい服が好きなので、診療中も黒っぽい服を着ていて、身体はごついし、髪は短いし、うっすらひげを生やしているし、よく「格闘技系」と言われるし、とにかく第一印象が「やさしい歯医者さん」でない私にとっては、心と心が通じるような握手(ハートフルハンドというらしい)は欠かせなくなっている。

患者様のことを思って仕事をしていても、それを伝えなければわからないのである。もともと「受身」で人の話を聞くのは苦にならないのであるが、自分を伝える、自分の気持ちを伝えることが苦手だった。しかし、どんな形にせよ、自分を伝えることが少しでも出来て嬉しく思っている。

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コミュニケーションの難しさ

今日、勉強会でコミュニケーションの話をしました。これは、相手とコミュニケーションをとる際に、ラポールをいかに確立するか、ということです。

これはこれで、大変意義のあることだと思っています。

しかし、現実にはいろいろ難しいことが待っています。特に対スタッフとのコミュニケーションといったら、患者様以上に悩みが生じることが多々あります。

こちらが一生懸命、真剣に対応すればするほど、相手にとって逆効果になることが多いようです。早く、りっぱな、一人前の歯科スタッフになって欲しいと思っているにもかかわらず、指導が熱をおびたり、ちょっとでも厳しくなると、マイナスにとられるようで、実はどうしたらいいか困っています。

院長は父性的指導を控えるように言われていますが、実際のところスタッフ同士で(特に管理職のスタッフが)父性的指導が出来るかと言うと、なかなか難しいみたいです。それはよくわかります。私だって、ニコニコしていて、何も言わなくていいならば、その方が楽に決まっています。あたりまえです。

しかし、人間、父性的指導と母性的指導のバランスが大事で、母性的指導だけでは、甘やかしすぎ症候群になって、目標達成がうまく行きません。仲良しグループでは、ダントツの歯科医院なんて、夢のまた夢なのです。

せっかく、わが医院に来てくれたのだから、少しでも人間的に成長して欲しいと思っていることが十分伝わらなくて、心の中ではこちらが泣きそうなのです。いまひとつ、わかってもらえてないと思うけど。

「私はダントツの歯科医院なんて望んでないわ。もっとのんびりさせて。」と言うのが本音の人もいると思います。でも、ごめんなさい。院長はすでに「成功しないオプション」は捨ててしまった人間なのです。「のんびり、現状維持で行きたいわ」という要望にはお答えできないのです。でも、一緒に頑張って、ついてきてくれさえすれば、素晴らしい人生のゴールへ一緒に導いてあげることが可能なのです。少なくとも、私はそう信じています。

確かに、私が信じている「成功するまで、あきらめるな」「何度でも、アプローチを変えて、欲しい結果が得られるまで」と言うモットーは、モチベーションの出来ていない人にとっては、つらいだけの出来事だろうと思います。あきらめたいでしょう。欲しい結果が得られるまでなんて、我慢できないでしょう。その方が気持ちは楽になるのかも知れません。

でも、わかってほしいのです。あなたが成長することが、私の喜びなのです。あなたが、あきらめて、退却することは、ぜんぜん嬉しくないのです。

こちらも分かってもらえるまで、いろいろなアプローチを試すことになるでしょう。その中には確かにあなたにとって、ショックなことや嫌なこともあるかもしれません。自分のお父さんやお母さんからも、そういう指導は受けてきていないのかも知れません。初めての経験でとまどっていることも多いでしょう。

歯科医院運営は、山にたとえると、かなり険しい山です。チームを組んで登山している以上、メンバーに落伍者を出したり、あきらめさせたりするわけにはいかないのです。それが、リーダーとして、私に課せられた義務だと思っています。

自分の中には、自分が思っているより、はるかに大きな才能が眠っています。それを使わないうちに死んでしまう、そんな人生は送って欲しくないのです。

わかってもらえたら、うれしいです。

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チーフは大変

4月から我が医院にも新人が3人入って来てくれた。朝礼のときなどずらっと並んでいて気持ちがいい。ただ、まとめるチーフは大変そうである。中間管理職の悲哀と言うべきか。上から言われ、下から突き上げられ。

確かに歯科医院のチーフという中間管理職は周囲が思っているより大変である。歯科衛生士と歯科助手という違う職種をまとめなくてはいけないし、第一そういう立場に立つ教育を受けているわけでもない。

幸いに当院は院長の考えをよく理解してくれているチーフがいるのでずいぶん助かっている。日常の仕事が忙しいとみんな余裕がなくなって、不満がたまるもんである。それをまとめるチーフがいてくれると言う事は、医院にとってとてもハッピーなことである。

院長自ら、いろいろな父性的指導をするとメンバーの不満が爆発する傾向にある。チーフが院長の代わりに父性的指導をする事によって、その不満の解消がスムーズに出来るわけである。重ねて言うがそんな事をやらされるチーフはたまったもんじゃない。嫌われ役にならなければいけないからである。

これには院長とチーフのコミュニケーションが重要である。それについては、まだまだ私の努力が必要であるように思う。でもチーフからはメールでいろいろな報告が来るので、とても感謝している。

社員と言うものは、常に社長に点数をつけているそうである。ころころ変わる、細かすぎるといった社長によくあるマイナス面をカバーするのは院長のカリスマ性だと倫理法人会のニュースレターに書いてあった。

わたしはそのようなカリスマ性はないように思うので、まだまだチーフの力を借りなければいけないようである。いつもありがとうございます。感謝しております。パンクしないように仕事を溜め込まないでくださいね。

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「あり」は大切

メンバーを正しく評価することは極めて難しいとつくづく思う。

どうしても、自分の見える範囲のことだけで評価してしまいがちになる。そうすると、見えないところで努力している人のことがうまく評価できない。要領のいい人だけがいい思いをすることになってしまう。

最近も、コンサルの準備ややり方について、あるメンバーに厳しく当たってしまったことがあった。こちらの期待度が大きすぎるのかも知れないが、私の思っているようになかなかオペレーション出来ず、いらいらしてしまった。

しかし、このメンバーは、私の見ていないところでは、本当にがんばってくれている。一日も休まないでまじめに仕事をしてくれているし、人のいやがることも率先してやってくれているらしい。

どうしても、オペレーション・スキル中心に判断してしまうと、本質的なものが見えてこないことがある。会社としては、能力は高いが見えないところで手を抜く要領のいい社員より、能力は少し劣っても見えないところで努力する社員の方を大事にするべきである。それが組織というものだと思う。

本当は面と向かってほめるべきなのだろうが、なかなか言えないのでブログを使って表現している。でも、叱ったり、出来ないことの追求だけするのでは無くて、そのメンバーが頑張っていることを認める(アクナリッジメント)ことを本人に告げる勇気が必要なのである。それが社長に求められるマネージメント能力なのであろう。

基本的に、おがた歯科のメンバーはみんないつも忙しいのによく働いてくれている。みんなプロジェクトをかかえ、労働時間も長くなる傾向にある。ホントによくやってくれていると感謝している。

もっともっと感謝の言葉を声に出して言うべきなのである。まだまだ、一流の社長への道は遠い。さらに自己変容できるように頑張りたい。

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シンクロニシティ

今日はシンクロニシティについてしみじみ考えてみた。この写真の本はかっこつけに載せたでけで、実は持っていない。本田健さんの本で、大富豪に共通しているものは、皆シンクロニシティを信じ、また体験しているということを知った。

シンクロクラブからの引用・・「Synchronicity (シンクロニシティ)とは『意味のある偶然』です。例えば友人の事を考えていたり、その人の話しをしていたりすると、偶然その人から電話がかかってくる、困った状況でにっちもさっちもいかなくなった時に偶然、解決手段が訪れる、夢で出会った人に全く同じ状況で出会うなど、こうしたことは私達の日常に実は数多く現れている現象なのです。」

例えば、2月12日のこと。11日に東京でOJ(インプラントの研究会)があり、12日,13日と渋谷で姿勢咬合医セミナーがあったので、2泊して、12日は夕方から横浜に移動して、CKBのファンクラブのイベント(ライブ)に参戦する予定だった。完璧な計画を練って飛行機もホテルもバッチリ予約して、イベントの抽選もしっかり電話してお祈りしてラッキーにも当選した。準備万端だった。

ところが、急に医院の事情で12日の診療を抜けられなくなった。飛行機もホテルもキャンセルして、ファンクラブのイベントはお金を払ったけど、行けないのでチケットのコレクションになってしまった。

そしたら、地元の熱血歯科医(私ではない)からメールが来て、12日に熱血歯科医の集まり(飲み会・・宗教みたい?)をするから来てくれとのこと。もしセミナーやイベントに参加してたら行けなかった。これはまさしくシンクロニシティ〜。

また、4月2日の土曜日、東京で「女医の会」という講演会があり、どうしても聞きに行きたいので、その日は泣く泣く休診にしてもらい、代わりに4月7日の木曜日に診療をすることにしてもらった。そうすると労働時間が少し長くなり、スタッフからブーイングが聞こえたので、どこかの診療時間を短縮しなければいけないな〜、と思っていた。でも大義名分がないと患者様に失礼だな、と思っていた矢先、友人のスピリチュアルな人からメールが来て、13日の夕方からスピリチュアルのセッションをするとの事、早速その日を少し早上がりにしてもらった。もしかしてこれはシンクロニシティ〜

さらに、スタッフから「5月のゴールデンウイークの診療の予定はどうするんでしょうか?」と聞かれた。「げげっ!何も考えてなかった!ということは、しまった、旅行のプランとか何にも考えてなかった。ゴールデンウイークどうしよう・・。」と思った矢先、大阪のS先生からメールが来て、5月2日から5日まで素晴らしい自己啓発セミナーがあるとの事、ツマに聞いたら「旅行に行く気はないから行ってもいい」との事。2日を休診にしてスタッフは喜ぶし、ワタシは素晴らしいセミナーに行けるし・・まったくシンクロニシティ〜

もっと言うと、この土曜日にスタディグループのスタッフ発表会があった。その時、急にマイクを向けられたのだが、ぜんぜん気の利いた話が出来なかった。帰ってから、ツマに「もっと気の利いた事を言え」と責められた。う〜ん、アドリブはきかないし、人前で緊張するし、これでは人を感動させる講演は出来ないな〜、何か「話し方教室」でも「話し方セミナー」でも行ってみようかなあ、と思っていた矢先、今日届いた神田先生のダントツ企業実践CDのゲストが何と!日本話し方センターの島田浩子先生だった。いったいどうすれば感情を込めた、感動的な話が出来るのか、についてのインタビューだった。おおおおシンクロニシティ

これは信じずにはいられまい。

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感謝の気持ち

突発的な出来事が続いて、メンバーが何人か退職をしてしまった。私のせい(マネージメントが悪くて)でないのがせめてもの救いであるが、いなくなったら当然残ったメンバーは死ぬほど忙しい毎日になることは自明の理である。ある程度は予約数を少なくして対処しなければならないが、患者様への迷惑は最小限にしたいという気持ちもあり、世の中なかなかうまく回っていかないものだなあとしみじみ思う。

「崖っぷちに立たされてもどこからか救いの手が差し伸べられる、そんな強運を持った人です」と動物占いに書いてあったことを信じていたが、今回はそうも行かないようだ。次々悪いことが降りかかってくる。そのうち地震か台風かハリケーンかテロでもやってくるのではないか、とまで考えてしまいそうである。

こんなくそ忙しいときほど感情のコントロールが出来やすいとは皮肉なもんだ。残ったメンバーが忙しく働いているのを見ると、いやでも感謝の気持ちが湧き上がってくるのである。細かいことをぐちぐちと言えなくなるのである(いつも言わなければもっといい)。

感謝の気持ちを伝えるのは難しい。気持ちを伝えるのが苦手な人は生い立ちに問題があることが多いと本で読んだことがある。確かにウチの親は私に対して愛情を口に出して言うタイプではなかった。もちろん親なんだから子供に対する愛情はあるに決まっている。ただ、それを口に出したり態度で示すことが上手がどうかという問題なのである。

そういう風に育った私は、そのせいか人に感謝の気持ちを表したり、愛情を表現することがめっぽう苦手である。すべて親のせいというわけでもなかろうが、とにかく子供や妻に対しても「愛している」ということがなかなか言えない。風貌からはそんなこと日常的に言っている様に見えるのか、なかなか信じてもらえないが、私と付き合っている人々はみんな不器用なやつだと、そう思っているだろう。不器用で済めばいいのだが、ことは重大なのだから始末に終えない。感謝の気持ちを伝えることは経営者としてもっとも大事なことだからだ。

今日の朝礼で思い切って口に出して言おうと思っていたのだが、メンバーの退職話を聞いて気持ちが飛んでしまった。

本当はうちに帰っても、メンバーのことを考えているし、妻ともよくメンバーの話をするし、良くやってくれていると感謝をしているのです。仕事中は変なこだわりが顔を出して感謝の気持ちを十分に表現出来ていないのが悔しい、というか情けない。プライベートで悩んでいる人、子供のことで悩んでいる人、ご主人のことで悩んでいる人、仕事のことで悩んでいる人、健康のことで悩んでいる人、みんなそれぞれ悩みはあるもんだ。仕事が終わったらウチに帰ってすべて忘れてしまっているのではないのだ。いつも頭の中はみんなのことを考えているのだ。ただ、それを表現しないと伝わらないという話だ。伝わらないは気持ちは無いのと同じなのだ。

そういえば、今年は忙しいばっかりで、みんなと楽しく過ごすことが少なかったなあ、などとこんな状態になって初めて考える。まあ、でもずっと気がつかないよりはいいかな、と自分を慰めてみたりもする。こんな状態でも患者さまがたくさんいらしてくれるのも本当にありがたい。

とにかく感謝の気持ちを持ち続け、いつもその気持ちを表現できるようにしなければいけない。そんなことに気づいただけでもこの逆境を乗り越えるパワーになるかもしれない。

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知られざる陰の努力

最近、スタッフによく言う事は「ストーリーをつくれ」ということである。

患者様は、30分〜60分のお約束をして、当院にいらっしゃる。目的が治療であれ、ケアであれ、常に担当したスタッフが(歯科医師ではない)その患者様の「本日のストーリー」を作る脚本家になりなさい、と言っている。そして、スタッフ(主に歯科衛生士)は主演の役者(患者さま)と助演の俳優(自分や他のスタッフ、歯科医師)を動かす演出家でなくてはならない、と説いている。

これは言うのは簡単だが、実行するのはなかなか難しい。普通、スタッフは歯科医師の指示で動くことが多い。なかなかスタッフが自分の頭で考えて行動出来る歯科医院は少ない。しかし、指示待ちをしているとおがた歯科ではやっていけない。先程言ったように自分でストーリーを組み立てる能力が必要とされる。

30分の治療のお約束ならば、導入、挨拶から始まって、その日の内容を良く考えて、準備、術者みがき、治療、次回の予定の確認、挨拶までストーリーを瞬時に頭に思い浮かべなくてはいけない。それが出来なければ患者さまに良好なサービスを提供することは出来ない。もちろん分からないところはアドバイザー(歯科医師)にインカムで指示を仰げばいいのだが、ほとんど自分で考えてないと間に合わない。

しかも、自分の書いた脚本と自分の演出でもって自分が華麗に演じることまで要求される。なかなかハードルの高い仕事なのである。

しかし、逆に何も考えないで、歯科医師のアシスタントだけしているスタッフに聞きたいが「仕事が面白いですか?何のために仕事をやっているのですか?」

自分の頭で考えない人に仕事の面白さなんてわかるはずがない。そう思って当院では頑張っている。ちょっと見学しただけでは分からないと思うが、ずっと当院に勤務している歯科衛生士はその辺の歯科医師以上に診断力がつく。

その分大変なことは重々承知している。スタッフにはいつも感謝している。スタッフの業務範囲が広いからこそ、患者様の笑顔が作り易いのだと思う。歯科医師は管理と挨拶だけと言うのが理想である。時々インプラントや手術や矯正の治療をやると言うのが理想である。

「予防中心の医院」と言うが、影のこのような努力なくして予防はありえない。さらに患者様のよきアドバイザーとして患者様の中にある答えを引き出して差し上げることの出来るスタッフになってくれるとこんなに嬉しいことはない。

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昔話から考えさせられた事

実は何を隠そう、大学1年の時にアメリカンフットボール部に所属していた。どうして入部したか覚えていないのだが、なんとなく憧れのようなものがあったのではないだろうか。

当時の岡山大学は強くて、関西1部リーグで試合をやっていた。関学や京大と試合していたのである。当然練習も一生懸命やっていた。ほぼ毎日練習をやっていた。結構充実していた。自分なりにも一生懸命取り組んでいたし、真面目に練習にも参加していた。

その結果、まあ体がごつかったということもあるのだが、1年でオフェンスのレギュラーにしてもらえる事が決まっていた。そこまではよかったのだが・・。 なんと、私はぷっつりと部活をやめてしまったのである。白状すると借金も残したままでやめたので、関係各位には大変迷惑をかけてしまった。

どうして私はそんなに一生懸命取り組んでいた部活をやめてしまったのであろうか?

一つには腰を痛めて将来の不安を感じていた事がある。しかし、それにも増して大きな理由になっていたのが、コミュニケーション不足ということであった。体がごつかったので、最初はオフェンスのタックルというポジションをする事になった。このポジションはボールに触る事は出来ない。おまけに手も使えないのである。華やかなポジションを夢見て入部した私には大きな不満であった。

もちろん1年生で初心者なんだから、難しいポジションは出来ない事くらいわかっている(タックルが簡単だというわけではないが)。しかし、コーチから「お前は将来どこのポジションがやりたいのか?」と聞かれた事もなかったし、「将来○○のポジションをやるためにはこのような訓練が必要だ。今は君にはそのスキルはないからこのポジションをやって勉強してくれ。君ががんばってスキルアップすれば、いずれそのポジションをやってもらうチャンスを与えよう」とコーチされることも無かった。

コーチはコーチなりに適材適所を考えているのかも知れない。しかし、選手と対話もしないでどんどん自分の考えを推し進めていくと、選手側に大きな不満がたまっていく。

いかに対話が必要か、自分の体験からしみじみ考えさせられた。これはそのまま歯科医院の院長とスタッフの関係にも当てはまるのではないだろうか。院長が常にスタッフの行動や言動に注意して、まめに対話をすればスタッフの不満は少なくて済むのではないだろうか。しかし、未だに対話不足でスタッフの不満が溜まってしまっているようである。自分の体験を思い出して、他の人にそういう気持ちを味合わせないよう、気をつけたいものである。

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決断の強さ

今日の拡大木曜勉強会から気づいたこと。

1.「人に見ていられると緊張してうまく手技が出来ない」と言ったスタッフに対して。

おがた歯科では、子供の治療は必ず保護者の方(多くはお母さん)に一緒に中に入ってもらうようにしている。これは開業時からずっとそうしている。なぜならば、倉治ななえ先生の「子育て歯科」を読んで感銘を受けたからである。「子育て歯科」では、母子同室で励ましながら治療をすすめるのがテーマである。大学では母子分離で治療するように習ったにもかかわらず、「子育て歯科」に共鳴してしまったのである。

しかし、そこで問題が生じた。実は、私自身は人に見られながら治療することには、すごく抵抗があったのである。結構神経質な面があるのである。お母さんの厳しい目に耐えられるだろうか?じっと見つめられながら治療が出来るだろうか?

しかしながら、母子同室を決断したのである。それからは、人に見られても大丈夫になるように、いろいろな修行をした。そこから「小児歯科中華料理理論」や「小児歯科踊る鉄板焼き(お好み焼き)理論」が生まれたのである。(分からない人は私の講演DVDを買ってください。)

決断することが大切なのである。

2.「とっつきはいいが、最後まできっちりやり遂げること」というチェックを入れられていたスタッフに対して。

実は、(自慢するわけではないが)私はある程度のことは我流でもすぐ出来るようになる。結構器用なのである。しかし、何でもある程度は簡単に出来る反面、最後まで一つのことを突き詰めてやり遂げるということが苦手だった。よく「才能の浪費をしている」と医局時代言われたものである。でも、開業したらそういうわけには行かない。助けてくれる人はいないのである。独りで最後までやり遂げることを決断する必要に迫られたのである。

決断した結果、途中で投げ出したりしないでがんばれるようになったし、自分に対しても厳しくなれるようになった。でも、自分に対して甘いスタッフや、すぐに出来るゆえに適当なところでやめて、お茶を濁すスタッフの気持ちも痛いほどよくわかる。

でもそれではいけないのである。決断することが大事なのである。

例えば、スタッフならば「地域で1番の歯科衛生士になる」とか「必ず・・さんに代わってくれ、と言われるような受付になる」とか、そのような決断をすることから始まるのではないだろうか?決断をしてない人には、方法論も意味をなさない。結果が見えていないのに、方法を論じても仕方ないからである。

人生の時間は限られている。それをどんなものにするかは自分の決断一つにかかっていることを早く知るべきである。

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同じ絵をみているか

人の気持ちがこんなに難しいものだとは思わなかった。

夢を互いに持ち合うと言うことがこんなに難しいことだとは思わなかった。
互いに同じ絵を見るということがこんなに難しいものだとは思わなかった。

話し方や態度によってこんなにも自分が誤解されているとはよもや思わなかった。

小手先ではない、心からの言葉なんて表現出来るのだろうか。
そっぽを向いた人達をもう一度こちらに向かせることなど出来るのだろうか。

こちらの本当の気持ちを上手く伝えること。
あちらの本当の気持ちを上手く受け取ること。

腹の中を胸の中を頭の中を切り開いて見せてあげたい。
決してあなたを憎んでもいないし怨んでもいない。
ただ真剣に考えているだけなのだよ。

真剣に接すれば接するほど怖がられ、
熱心に話をすればするほど疎まれ、
相手のために良かれと思えば思うほど邪険にされる。

意見の変化や矛盾は決して許してもらえない。
いつも正しい方向を向いていないと許されない。

人の気持ちがこんなに難しいものだとは思わなかった。

独りで涙を流していても決して気づかれず、
悩み、反省する気持ちが先にたち、臆病になって居る。

妻にも友人にも娘にもメンバーにも、
人間とあらば誰にでも、

同じ絵をみることが本当に難しいことに気づかされた。

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